釣りの思い出
鮎との出会い 主（大ヤマメ）を狙って かわった鮎漁 源流にイワナを求めて 眼鏡がなくては帰れない 始末に困った トンビで凧揚げ 岩魚とヤマメ 小さな滝のイワナ釣り 大ナマズ 針のない釣り 秘蔵の釣り場 みじめな思い出
鮎との出会い
その頃、僕は入間川でのやまべ、ハヤ釣りがメインだった。
山女、岩魚も釣りたいのだが車がなく、せいぜい、年に数回、電車やバスを乗り継いで１泊２日の山女釣行をする程度だった。
着いた日の夕方とあくる日午前中が釣り時間で、しかも宿からはあまり遠いところへは行けない。だから釣果は毎回貧しいものだった。
その時も釣り雑誌を頼りに山梨県の奥の方に１泊２日の釣行した。
２日目、その川で、やはり同じ釣り雑誌を見て来たという５０歳ぐらいと２０歳代の親子に出会った。
僕は電車なので早めの帰り仕度をしていると、八王子まで乗っけてあげるという。僕は甘えることにして一緒に釣りを続けた。
帰りの車の中では当然釣り談議になり、鮎釣りの話になった。２人とも鮎釣りにのめり込んでいると言う。詳しくは覚えていないが延々と鮎釣りの話を続けた。
友釣りはどうやって釣るのかぐらいは知っていた。
普通、釣りというと餌又は疑似餌を食わせて釣るのが釣りで、友釣りを釣りというには違和感があった。
それに、すでに１匹くっ付いているのに、もう１匹掛かってもたいした手ごたえもないし、何が面白いんだろうと思っていた。
「こんな面白い釣りはない。一度、騙されたと思ってやって見てください」とさかんに薦める。
それがきっかけだった。日が立つに連れ、そんなに面白いというならやってみようかという気にだんだんなっていった。
鮎釣りをする人を知らず、教えてくれる人が居ない。雑誌で仕掛けと鼻環の通し方だけを勉強し、７．２ｍの竿と小さな囮缶、それとタモを購入した。糸は当然やまべ釣り用の糸そのままだ。
やまべ釣りしている入間川は鮎も出来た。
囮を１匹購入し遂に始めることになった。場所など良くわからない。やまべを釣る場所と同じだ。鼻環を通すのに苦労したと思うが全く記憶がない。
鮎は石に着いたコケを食むぐらいは知っていたが、どんな場所でも、兎に角適当に引いていた。濁っていれば釣れない事なども知らず、誰も居ない濁り水の中で引いていたこともあった。今思えばバカじゃあないかと思われたことだろう。僕の鮎釣りはそんなスタートだった。
そんな状況だから１匹釣るまでにずいぶん日数が掛かった記憶はあるが、初めて釣れたとき感激で胸いっぱいだったはずなのに、何時、何処で釣ったのかのかの記憶がない。
釣りは早朝と夕まずめ、鮎もそう思っていた。夕まずめまでは長いので遅くとも２時には引き上げた。
当時、入間川は８月の後半にもなるとほとんど釣れなくなり、お盆を過ぎるともう鮎はやらなかった。
だから鮎期間は２ヶ月。今思えば勿体ないはなしだ。今は倍以上の５ヶ月間、他のことには目も触れずにのめりこんでいる。
源流にイワナを求めて
３０歳代前半だったと思う。９月末、山好きの後輩が岩魚釣りに誘ってくれた。メンバー４人。朝日連峰の某河川を目指す。
その川は下流から川伝いに上るルートがないらしく一山手前の麓から山越えをするという。
ヤマメ釣りはやっていたものの近場ばかりで険しい場所には行ったことがない。登山の経験もない。ハイキングすら行ったことがない。初心者の僕は体力もなく不安だった。
麓には夜遅く着き、広場にテントを張って数時間の仮眠をする。
そして深夜の出発だ。
ヘッドランプを付け、手前の川の吊橋を渡る。そしてすぐ険しい山登り。
崖のような岩場を登る。険しい所はロープが張ってあるが下が暗くて見えないので怖い。荷物が１番軽いのに遅い僕のペースに合わせてゆっくり進む。心臓も弱い僕は動悸も激しく頻繁に立ち止まったり、休憩したり。登り始めて２時間、やっと頂上に着いた。空も少しずつしらけて、丁度、夜が空けるころ待望の川に着いた。
すばらしいきれいな川だ。別天地だ。これで魚はいれば文句はない。
こんな所は釣り人も少ないだろうからきっと魚はいっぱいいるだろう。
期待が膨らむ。
軽い朝食を済ませ、川伝いに上流を目指す。
歩く、歩く。竿を出してみたい場所があっても若いリーダーは見向きもしない。兎に角歩く。
１度も竿を出さないまま午後になり、道らしい道もなく獣道を探して歩いたり、川の中を歩いたり、黙々と上流を目指した。
夕方は、早めに場所を探してテントの準備をする。夕食準備の間、「少し上に上ると滝があるからそこで竿を出してきてください」竿を出したくてうずうずしている僕にリーダーが薦めてくれる。
５分ほど上ると直径４、５メートルの滝壷があった。そっと近付くと７，８匹の岩魚が見えた。少し下がって仕掛けの準備をし、そっと竿を出す。
すぐ来た。２０ｃｍ強。魚を散らさないように下に持ってきて取り込む。
２匹目もすぐ来たが、その後は少し時間が掛かり、同じようなやや小ぶりの岩魚を４匹釣ったところで魚の姿は見えなくなった。少し前に出て深いところにも入れてみたが掛からない。
粘っていると仲間が呼びに来た。黙っていると何時までも釣っている僕である。
一人１匹ずつ食える。丁度良かった。小さな焚き火を囲んで夕食、みんな疲れているので、早めに寝袋に入る。
あくる朝、昨日の滝壷には魚は見えなかった。数メートルの滝を越えるのも初心者には怖い。リーダーが足を掛ける場所を指示してくれる。
手を掛ける場所は見えても、足を掛ける場所は見えない。もうちょっと右、もう少し上などというリーダーの言葉に足を滑らせながら僅かな掛け場所を探す。リーダーを除いてはみんな素人だから大変だ。
川はさらに峡谷になり深場を渡れない。高巻きも出来そうにないので泳ぐことになった。泳ぐのは自身がない。ビニールに荷物を積め、浮き袋代わりにしてパンツ一丁で泳ぐ。
一物に自身のある人はフルチンだ。僅か１０メートルぐらいだが上流に向かってはなかなか進めないので必死で足をばたつかせる。
ちょっとでも滑ると、見えない谷底に転落してしまいそうな危険な場所では足がわなわなと震え前に進まない。リーダーは垂直に立てというが、どうしても山側に張り付くような格好になってしまう。何百回か通ると１回くらい足を滑らしてしまうのではないか。仮に１/４００とすると４人が往復するので１/５０と確立は大幅に高くなる・・などと考えてしまう。
お昼過ぎやっと目的の魚止めに近くなった。その手前４，５０ｍのところでやっと竿を出す。手前で２匹ほど釣っていよいよ魚止めだ。
滝の高さは２０ｍを越す。滝壷は幅１０数メートルだが流れているのは右側半分。竿を出すのはMさんと僕の２人。しもから少し立ちこんで１投目からすぐ、３０ｃｍ弱の良型が掛かった。下流に持ってきて川原に引き上げる。
枯れ木や枯れ草で隠れ家になっている脇の流れがポイントだ。Mさんと代わる代わる脇を流す。３０ｃｍ弱が入れ食いだ。さすが魚止め。
餌を獲ってくれるリーダーたちも忙しい。こんな大きさの岩魚も初めてだが、数もこんなに釣ったことは勿論ない。
危ない思いをして、来たかいがあった。魚篭もすぐいっぱいになりビニール袋に入れる。
約２時間、２人で３０匹を越えた。１箇所でこんなに釣れるとは驚きだ。兎に角堪能した。
リーダーに感謝、感謝。
釣りが終わって上を見てくるとリーダーが滝登りに挑戦した。無理だと思ったが３人は下で見守る。
やはり途中で諦めた。危ないことはしないほうがいい。
大量の岩魚を担いで帰路に着いた。帰りはルンルン気分なはずだが危険な場所があってうんざりする。僅か数歩だが急な傾斜の山肌を横切る。下には滑ったとき引っかかりそうな木立もなく、間違いなく谷底に真っ逆さまだ。
めまいがしそうになりながら恐る恐るやっと横切った。
後は今まで以上のルンルン気分だ。足取りも軽い。
途中の休憩場所の脇に小さな溝があった。この溝に入ってみればとリーダーが言った。
こんなところに魚が？ 川からも高いし、水量もない。
でもちょっと入ってみよう。草を掻き分けながら小さな溝を上る。少し上ると小さなたまりがあった。竿を少し伸ばして、提灯釣りだ。
来た。だけど草で覆われた中でなかなか取り込めない。やっと取り込んで、また少し上る。２０ｃｍ強を２匹ほど釣って引き返した。まさかこんな溝に岩魚がいるなんて・・
この経験は後々、僕の渓流釣りに大きく影響した。本流を釣っていても小さな支流があると、必ず少し入ってみるようになったし、本流はやめて支流を上るようにもなった。
本流にくらべれば魚は小さいが、数は出るのである。
メンバーは代わったりしたが、リーダーは、その後も再度の朝日連峰、山形、新潟などの河川を案内してくれて、多くの思い出がある。
トンビで凧揚げ
これは鮎を釣っているときのことだ。鮎釣りをはじめて１，２年は経っていたろうか。
中州に枯れ木が立っていた。トンビ（トンビかどうかは定かではないが）が時々止まっているのは知っていた。
瀬の段の石裏を探っていた。しかしその段で掛からず、１段上に持ち上げた。
その浮いた囮にトンビが飛び掛ったのである。鳥が近くに居ても何の心配もしていなかったし、全く予期していなかったので、何が起きたのかとびっくりした。 あわてて囮を持っていかれないように水面に向けて竿を引いた。
当時は０．８号という太い糸を使っていた。簡単には切れない。
糸がついているなんて、トンビもびっくりしてあわてた。水面近くで少しばたばたして、囮を放さないまま空に舞い上がった。糸も切れず凧揚げ状態になったのである。
鮎竿を大きく曲げて、トンビ揚げだ。
間もなく糸は切れ、囮をぶら下げたまま対面の木立の中へ飛んでいった。
その後も鮎釣りを続けていると、そのトンビと思われる鳥は、魚をまだぶら下げたまま別の林へ飛んでいった。針が足にでも引っかかっているのか、糸が巻き付いているのか。魚を食う余裕なんてないのだろう。なんだかトンビがかわいそうになった。
その後、西山徹さんが、鮎を抜く寸前トンビに持っていかれたのを鮎釣り番組で見たことがある。
大ナマズ
鮎釣りをしているといろいろな魚が掛かることがある。しかし、鮎釣りのときはいくら値打ちの高い魚を釣っても全く嬉しくない。
まだ入間川でしか鮎釣りをしていなかった頃の話。
雨の中、浅い瀬を引いていると重くなった。ゴミでも掛かったように動かない。そのうちノロノロと動き出したが、僕にはなにがどうなったのかさっぱり分からない。何かが掛かったようだが鯉でもなさそうだし、兎に角糸を切らないようにゆっくり引いた。重いので時間は掛かったが、たいした抵抗もなく寄ってきた。
浅場に来て背ビレが見えた。ナマズだ。見たことのない大きな頭だ。寄せるのをやめてすくいに行った。
タモの直径を超える大ナマズだ。糸は切れたが取り込んだ。
さあ、どうしょうか。
以前、やはりこの川でナマズを狙って釣りをしたことがある。増水時にミミズを数匹くっつけて１０匹ぐらい釣った。２０ｃｍを少し超える程度のものだったが蒲焼にして食ったらうまかった。
食べてみよう。しかし、どうしたものか・・入れる物がない。しばらく考えた末、フネのふたを開けて頭から押し込んだ。大きな頭はやっと入った。
中には釣った鮎が７，８匹いる。狭いが我慢してくれ。
その後も鮎釣りを続け、囮を交換しようとフネを覗くと、フネの中は糊のようにヌルヌル状態。ナマズのヌルヌルだ。鮎は息も出来ず、みんな窒息死した。
全くバカだね、ドジだね、僕は・・。
蒲焼にして食べてみたが臭くてまずかった。
秘蔵の釣り場
群馬県の某河川。釣り雑誌で知ったやまめ釣り場だ。峡谷だが山奥ではない。二つの川の合流点付近。
此処は崖が切り立っていて、ちょっと見ただけでは下り道が探せない。僕も当初は少し上流の急な山肌をすべり下りていた。途中の淵が深くなってそちらから回れなくなり、崖の上を捜し歩いていて見つけた。だから人とも滅多に出会わない。僕の秘蔵の場所だ。
しかし、折角、谷底に降りても動ける距離が狭い。普通の渓流釣りのように２，３度流して動くとなると３０分で終わってしまう。粘りながら往復する。だから２度竿を出すことになる。これで大体３，４時間の釣だ。
此処には、友人や先輩、上司を何回か誘った。上司を誘ったときの話だ。
おっかなそうに谷底を覗く上司のOさんを勇気付け、崖の細い道をおそるおそる降りる。
途中はとりあえず省略し、まず合流点に向かう。手前で仕掛けの準備をし、低くなってそっと近付く。竿が届きそうな場所まで来て１投目、ポイント最上流部の浅い場所に入れた。
仕掛けのセットが早かった僕が先だった。ウキがゆっくり流れて、それにつられて少し前に這い出る。 流れて２ｍ。ウキが食い込まれた。ピッと合わせる。掛かった。いい型だ。
あまり遊ばせたくないが重い。抜けない。やっと寄せて、仕方なく前に出てすくった。
デカい。一投目からこんなのが掛かるとは全く予想もしていなかった。３０ｃｍぐらいはある。
うれしいが、まずい。上司を差し置いて釣ってしまった。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。おまけに前に出たので場を荒らしてしまっただろう。
しかし、まだいるはずだ。粘っていれば掛かるはずだ。このポイントはOさんに譲り、僕は上流の淵に向かった。
その淵で小１時間、２０ｃｍ前後を４匹釣って合流点に戻る。Oさんが笑顔を見せている。何匹か釣れたのだろう。
「釣れましたか」
「大きいのが釣れたよ」声がはずんでいる。
魚籠を覗くとデカいのが入っている。びっくりした。僕のより大きいのではないか？ 他にも中型が数匹入っていた。さっそくお互いに引っ張り出し、川原に並べてくらべっこをした。
凄い。僕のより１ｃｍでかい。信じられない。こんな場所で３０ｃｍ級が２本出るとは。良かった。良かった。申し訳ない気持ちが一気に吹っ飛んだ。
その日は、お互い１０匹を超えた。いい日だった。
うちに帰って計ると３０．５ｃｍ。だからOさんのは３１．５ｃｍ。
これが僕としては３０ｃｍオーバー２本目だ。1本目は魚拓をとった。
３本目はまだ出ていない。
近年、この秘蔵の場所も秘蔵でなくなった。人に時々会うのである。そして魚も釣れなくなった。
だけど、もしかしたらと期待して、毎年今でも行っている。
主（大ヤマメ）を狙って
大物を狙って通い続ける物語がある。高橋治の「秘伝」、ヘミングウェイの「老人と海」、「老人と海」は大物を狙い続けるが特定の魚ではないのでちょっと違うか・・
題名は忘れたが大鮎を狙い続けたのも読んだことがある。
僕は大ヤマメを狙い続けた。
群馬県の秘蔵の場所でのこと。二つの川の合流点だが、淵になっているわけではなく深くない。見た目には大場と思われない場所だ。年により、水量が多かった川が勝つので、掘れたり、埋まったりして変化するが魚がたまりやすいポイントだ。
この合流点は朝一と１０時過ぎが良い。上流から近付くので背を低くし這うように近付きそっと竿を出す。朝方の釣りが終わると片方の川を渡り１０時近くまで下流で竿を出し、１０時前に其処へ戻って来るというのが僕の釣行パターンだ。
７月のある日、１０時ごろから２度目の竿出しをした。この時間には朝方見えなかったヤマメたちが何処からか出てきて広場でライズをする時間だ。きれいな水の中には何匹かのヤマメが見える。
なかなか釣れない山女を狙って竿を振っていると、少し下流にデカイ影が目に入った。随分長い。一体何だろう。ひらひらと泳いでいるので魚だと思うが、鯉でもないし、長く細く見える。
目を凝らしてみるとパールマークがキラリとした。ヤマメだ。細く見えるので信じられなかった。心臓が高鳴った。
広場に見えるヤマメは小さく見えるが、釣ってみると２０ｃｍ前後はある。これと比べても、比べ物にならないぐらいにでかい。
長さが倍以上はある。だけど４０ｃｍのヤマメなんて聞いたことがない。
一体どれだけあるのだろうか。
ゆうゆうと泳ぐやや上流にそっと振り込んだ。餌が目の前を通りすぎても反応がない。振り向いてもくれない。何回流しても、別の餌に替えても全く興味を示さない。
しばらくうろうろしてから、径１．５メートル強の石の下に入り込んだ。
粘っていたら、再度出てきて、先ほどのようにゆったり付近を２回り、３回りし、また石に入った。その後、お昼近くまで様子を見ていたがもう出てこなかった。
何日も置かず、また行ったのは言うまでもない。果たしてまだいるのだろうか。
同じ時間帯に待っていると、出てきたのである。今日こそはといくつかの餌を用意してきた。だけど、一番欲しいキンパクはない。今の時期はもういないのである。
上流２ｍぐらいからウキを付けてゆっくり流す。しかし、見向きもしない。餌をとっかえ、ひっかえしても今日も全く興味を示さない。小さなヤマメはライズするのに、こちらはライズもしない。
一体、何を食べているのだろうか。今日もお昼までそこで粘り、諦めた。
今の時期、メインは鮎釣りだ。増水、濁りなどで鮎が出来ないときはその川へ通った。 他のヤマメはどうでも良くなり、早めにその場所に行って姿を現すのを待った。
姿を現すと、おおまだ居たか・・と姿を見ると感激する。何とか掛けて一体どのぐらいあるのか見てみたい。しかし、これまで、僕の餌に興味を示したことは１度もないのである。
手に入る餌は全部ためした。もう手の打ちようがない。姿を見るだけで帰る日が続いた。
８月を過ぎ、９月になっても、まだ居た。もう姿を見るだけで満足するようになった。竿も振らず出てくるのを待つ日もあり、釣果０で帰る日も多かった。
９月末、もう禁魚期間に入る。大ヤマメに会いに行った。今日は朝早くからそれだけが目的だ。しかし、これまでよく釣られずに来られたものだ。僕の餌に警戒する風には見えなかったが、やはり警戒したのだろう。こういう姿勢だからこれまで生き延びられのだ。
今日も姿を見せてくれるだろうか。早すぎる時間帯から出てくるのを待った。
谷間を吹き抜ける風も寒くなった。釣師にとってはつらい期間に入る。
いよいよ今日が最後だ。なんとか姿を見せてくれ。
いつもの時間帯をすこし過ぎた頃、やや下に黒い影が見えた。おお出てきてくれたか・・
感激で胸が熱くなる。水深５０ｃｍぐらいのところでゆらゆらしている。パールマークがキラリと光る。以前、この川で釣った３２ｃｍは全体に銀色で、ヤマメかなにか分からないほどパールマークが薄かった。それに比べれば随分鮮明に見える。
しばらくは大ヤマメの勇姿をながめていた。そしてやっぱり竿を出した。
なんとか大きさを確かめたい。しかし、今日も見向きもせず、ゆったりしていた。
いいのだ。それでいいのだ。目頭が熱くなった。
この冬を越して、またさらに大きくなるのだろう。そして来年もまた、姿を見せてくれるのだろうか。
しかし此処は淵でもなく、水深もない。いつまでここへ居続けられるだろうか心配だ。
姿が見えなくなっても、しばらくそこに座り込んでいた。そして早めの昼食のおにぎりをほおばった。
翌年、解禁間もなく、気になって行ってみた。渓相も変わって、やはり居続けるのは無理だったようだ。上下の淵など目を凝らしてみたが、姿はどこにも見えなかった。
眼鏡がなくては帰れない
やはり秘蔵の川でのことだ。上流に行き止まりの淵がある。その淵のポイントには下流から竿が届かない。上流からも近付くルートもない。
誰も入らないポイントだ。１度なんとか竿を出してみたいと思っていた。
歩いていけないかと何回か入ってみたが岩場まであと３ｍで深くなる。
夏のある日、泳ぐことにした。泳ぎにはまったく自身はないがわずか数メートル。
下着姿になり、竿と餌だけ持って岩場にたどり着きよじ登った。念願の場所に１投目、絞られた淵上の流れを流す。グッと引き込まれヤマメの当たりがある。２０ｃｍ弱とちょっと期待はずれ。２匹目もすぐ来たがその後が続かない。もっといっぱい、もっと良型がいても良さそうだが掛からない。
釣れないが、折角来たので何回も、何回も流した。
だけど期待はずれで終わってしまった。
戻りは一泳ぎもすれば立てる場所に届く。岩場からバシャっと川に入った。飛び込んだわけではないが、顔が水をかぶり、帽子が脱げ、眼鏡がはずれた。帽子は浮いているので勿論拾ったが、眼鏡はヒラヒラと沈んでいった。川原まで戻って、さあ困った、どうしよう。
眼鏡がないと車の運転ができない。
再度、川に入り立てる範囲を足で探った。しばらく探ってもそれらしいものは足に当らない。もっと深いところだろう。仕方なく潜ってみた。水泳の出来ない僕には潜るのは大変。
それでも頑張って潜った。底は透明度が無く、数十ｃｍに近付いても底が見えない。手探りで付近を探す。水深は２ｍぐらいか、体が浮いてうまく潜れず、息もあまり続かない。短時間で戻り、息を整えて再挑戦する。
何回も潜っていると寒くなってきた。真夏の丁度１２時ごろだけど底の水は冷たい。震えがきだした。しばらく川原で日光浴をして、また潜った。しかし、体がすぐ冷えて、長続きしない。
さあ困った。
だけど、流れはないので、飛び込んだ付近に眼鏡はあるだろう。時間はたっぷりある。あわてることはない。
何か方法はないものか。
仕掛け入れから、強めの糸を出し、何かないかと再度探ってハサミを取り出した。
仕掛けをその糸に交換し、先にハサミを結んだ。藁をもつかむ気持ちだ。
結んだハサミを飛び込んだ付近に投げ込んだ。そして静かに引いてくる。少しずつ角度などを変えながら投げ込んだ。確率は低いが、可能性はある。時間はある。日が暮れるまで５時間以上。投げ続けよう。そんな覚悟だった。
それが、何１０投目かぐらいで眼鏡がハサミに引っかかって戻ってきたのである。
期待はしていたが、こんなに早く引っかかって帰ってくるとは信じられなかった。
うそのような話だ。
それ以来、僕の車の中にはいつも予備の眼鏡が乗せてある。
岩魚とヤマメ
友人２人と新潟県の毛渡沢へ岩魚釣りに行った。しかし全く釣れず、その晩の宿の主人に何処か釣れるところはないかと聞いた。
あくる朝、釣れるかどうか分からないが案内してやると釣れて行ってくれたのが魚野川の支流のまた支流。
その辺でも掛かるかも知れないよと小さな川の橋の下を指差した。それではとちょっとやって見るかと竿を出す。間もなく２０ｃｍを超える岩魚が掛かった。
いるではないか。ここでやろう。
一跨ぎ程度の小さな川なのでみんなで釣るわけに行かない。宿の主人の提案で数百メートル程度間隔を置いて釣ることにした。２時間後を集合時間にして２人を車で送り、僕は最下流に入った。
草や木が覆う小さな川の中に入り、竿も糸も短くして、低くなって川を上る。２０センチ程度の小さな段が、うまい具合に続き、各段で２０ｃｍ強の岩魚が掛かった。少し大きな段では２匹。小さな段は１匹しか掛からない。さっさと歩くと与えられた場所はすぐ終わってしまうので丹念に釣り上った。
大物は出ないがまあまあの型で期待以上だ。他の２人はどうだろうか。釣れていれば良いが。１時間半ぐらいの釣りだった。２０匹には少し足りないが良く掛かった。
集合場所に戻ると、みんなも笑顔だった。みんな１０匹を超えていた。
まだ９時前だ。後は広い下流の堰堤付近でのんびりと昼まで竿を出した。
気を良くして翌年、又行き、同じ宿に泊まった。もう案内がなくても川は分かった。
その日は、全体的に下流に入った。やっぱり僕が最下流に入り釣り上がった。前回と同じように各段で釣れたが岩魚でなくヤマメなのだ。どうしてだ。
釣っても釣っても山女だ。下流だからだろうか。上の人たちはどうだろう。真ん中の人が、昨年僕が釣った付近を釣っているはずだ。やっぱりヤマメなのだろうか。
２０ｃｍ前後の大きさだったがその日も２０匹近く釣れた。しかし岩魚は１匹もいない。
８時の集合時間に戻った２人もやはりヤマメばかりだった。不思議な川だ。
昨年は岩魚、今年はヤマメを放流したのだろうか。期待した魚ではなかったが、それでも釣れたからみんなホクホク顔だった。
その翌年も、又３人で行った。３匹目のどじょうはいなかった。時期が遅くみんな釣られてしまった後だったかもしれない。
それ以来、そこには行っていない。今はどうなっているだろう。
時々、その川を思い出す。そして、すでに亡くなった一緒に行った一人の友人を思い出す。
針のない釣り
僕は広島県の山奥の出身。まだ上京する前の昔の思い出である。
子供の頃から釣りが好きだった。父親は魚釣りをしなかったので兄貴が教えてくれたのだろう。暇があれば釣りなど、すぐ前の川で魚獲りをしていた。母が川魚を喜んで食べてくれたのが、さらに拍車をかけた。
中学生の頃、友達が面白い釣りを教えてくれた。「ちょうきり」釣りである。
「ちょうきり」とはナマズのような姿をしていて、ヌルヌル肌で、茶色で口ひげがあり、大きくても１５，６ｃｍぐらいの魚である。背やあごヒレに針があって手掴みできない。図鑑で見ると、ギバチに一番似ているが、地元では「ちょうきり」と言った。
「ちょうきり」は普段の釣りでも雨の日や増水時に時々掛かる事はあった。油があっておいしい魚である。
４０ｃｍ程度の棒に糸を結び、糸には１０匹以上のミミズを通す。糸を半月になる感じに垂らし手元側も竿に結ぶ。
釣る時間は夜、暗くなってから、場所は浅くて、石がごろごろしていて、適度の流れがある場所が良い。
石のすぐ上流に、流れに直角に、竿を底に沈めて待つ。餌の匂いに誘われて下流の石から出て来てブルルッっと当たる。
釣り針は付いていなくてもミミズをくわえたまま上がってくる。これをザルのようなもので受け、落ちるのを待つ。 しばらく放さないのでこのような釣りができる。
夕食後の２，３時間、時々、この釣りを楽しんだ。
しかし、現在、ちょうきりは僕の田舎にはおそらくいない。農薬などで絶滅したと思う。
なつかしい思い出である。
みじめな思い出
思い出のなかには楽しかった思い出、嬉しかった思い出ばかりではない。みじめだった思い出や、くやしかった思い出などいろいろある。
秘蔵の釣り場に上司のOさんと行った。目的のポイントは二つの川の合流点。そこはヤマメが溜まっていて、釣れる確立が非常に高く、数も出るので誰かを案内するときは其処へ行く事が多かった。
険しい山肌をすべり下り３０メートル以上の谷底にたどり着いた。すると、川の合流点にはすでに先行者がいてがっかり、残念だ。
場所を変えたいが、深い谷を登って場所を変えるのは面倒。先行者もずっと合流点で粘り続けることはないはずだ。そのうち移動するだろう。
少し上流の淵で竿を出し、時々チェックしながら、移動するのを待った。
予定通り、しばらくして下流に移動した。普通、渓流釣りは釣り上がるが、ここは、上流はすぐ行き止まりになる。下流の方が距離が長く、いい淵もある。
場が荒らされたのですぐには掛からないが、合流点に移動した。そこでは１０時ごろにヤマメが集まってライズする。時間はまだ早いので適当に流してその時間を待った。
ヤマメが見えはじめた。しかしなかなか掛からない。
しもから先行者が戻ってきた。一声掛けて、行き過ぎると思っていたのだが・・まさか・・
そこへ竿を出したのである。同じ流れを3人で代わる代わる流すことになった。
解禁日の放流場所などでは、同じ場所に何本も竿が出るがこういう川ではあり得ない。
その人も１０時ごろライズすることを知っていたのだ。そのためにこの谷に下りたので竿を出さずに帰ることは出来なかったのだろう。
そして、その人は釣った。１匹や２匹ではない。多分８匹か９匹。全く同じ場所を流しているのに僕ら２人には一匹も掛からなかった。その人は買ってきたキンパクを使っていた。僕らは、その時期、もうキンパクは獲れず、砂虫、小さめの鬼チョロなどを使っていた。
ひとしきり釣ると、釣れなくなってその人は止めた。そして余ったキンパクを分けてくれた。しかし、もう遅い。
その人は目の前でヤマメの腹を裂き帰って行った。
２人はそれからもしばらく粘ったが、とうとう1匹も掛けることが出来なかった。
なんとも言えないみじめな気分で、いつまでもくやしいさが残った。
かわった鮎漁
午後遅く、座りこんで、深場で鯉を狙っていた。
男の人が近付いて来た。何が釣れるんですか・・と挨拶はしても、僕の釣りを見るでもなく、釣談議にもあまりならない。 釣りには興味がなさそうだ。 だけど、いつまでも川を眺めていてそこから離れない。何をしに来たんだろう。
聞いてみると、土手に穴を掘るのだという。
腰程度の中層に横穴を掘るという。腕がやっと入る程度の大きさで、深さは聞かなかったが４、５０ｃｍか・・
夜、その穴にアユが入って寝る。それを朝早く獲る・・のだそうな。 そんな漁法があるなんて初めて知った。
それを料理屋などに卸すという。この川にアユがいる事は知っていたが、商売にするほど沢山いるとは思えなかった。
僕が釣りをしていると川に入れない。釣りが終わるのを待っている風だったので僕は釣りを止めた。穴を掘るのを見てみたいと待っていたが、その人はすぐには動かなかった。
折角釣りを止めたのに・・
僕がいると掘りたくないのだろうか、穴の場所がバレるのを心配してるのだろうか、僕は遠慮して帰ることにした。
まだ僕がアユ釣りを知らない頃のことだった。
始末に困った
大雨の直後、入間川に雑魚釣りに行った。だけど水量が多く、ごうごうと流れていて釣りにならない。
釣り場を捜し歩いて、淀んだ場所を見つけた。横から小さな溝が流れ込んでちょっとした溜まりになっていた。
赤い鯉が目に入った。目を凝らすと黒いのもいた。よし、この鯉を狙おうと針と糸を買いに駅前の釣り道具屋へ走った。
３５ｃｍ前後のものだったが４匹釣った。僕は鯉を食べるのが好きなので、放して帰るのが勿体ない。全部持ち帰った。
1匹はアライにして、1匹は鯉こくにして、1匹は寒露煮にして、・・さあ困った。
通常は良いところをアライにしても、残りを鯉こくなどにすれば１匹で十分なのに・・欲をかいてしまった。 頭など、おいしく食べられるところでも捨ててしまうしかない。鯉に大変悪いことをした。
残飯を大量に出し、台所を汚し、女房にも怒鳴られて、さみしい気持ちで鯉を食べた。
多すぎて、うんざりした。
・・・それからは1匹しか持ち帰らないのは言うまでもない。
小さな滝のイワナ釣り
群馬県の黒保根に釣り雑誌を見て行ってみた。山を越えると小さな川があった。
釣り雑誌に載っていた川かどうかは定かではない。あまり良さそうな川ではないが竿を出してみることにした。
車を止めさせてもらった民家の人は「釣り人はあまり来ない。魚はいないのではないか」と言った。
釣り上がってみるが全く当りがない。しばらく上ると横から小さな段々の滝があった。水は細々と落ちていた。
この頃は支流があると入ってみる癖があった。でも、まさか、こんな水量のない垂直な滝に？・・
１番下の一抱え程度の小さな坪に竿を入れてみた。すると１７ｃｍ程度の岩魚が掛かった。
へえっー、こんなところに・・５０ｃｍ程度上の段に入れてみた。ここでも同じぐらいのサイズが掛かった。そして、その上の段でも掛かった。
滝の傾斜６，７０度と急だ。どうしてこんなところにも居るのだろうか。不思議だった。水量も蛇口から出る水よりやや多い程度の量だ。下から飛び上がるにしても、勢いを付けるほどの広さもない釜だ。水量の在るときに上ったのだろうか。上から落ちてきたのだろうか。
２段ぐらい下から上の段をねらう格好で、順に上って行った。段の高さも釜の大きさもみんなほぼ同じ程度。下から５段目まで１匹ずつ掛かった。１匹ずつというのも面白い。
段は８段ぐらいあったが上の方は掛からなかった。段々を全部超えると小さな溝で、そしてすぐ流れはなくなった。水は付近から染み出しているようだった。不思議な流れだった。
その他では全く釣れず、それ以来、行っていない。場所ももう忘れてしまったが、その小さな滝だけが、小さな思い出として残っている。
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